第7回 第7変奏曲
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【譜例1】第7変奏。左下に赤でバッハ自身の筆で修正 |
この変奏曲が速いテンポのジーグまたはゆっくりとしたテンポのシチリアーナのどちらの解釈も可能であることにバッハは気が付いたのだろう。従って、彼はジーグのより速いテンポを規定することによって問題の解決を図った。
このカテゴリー、つまりグループの第1番目に属する変奏曲は、全10曲を見てみると、主に舞曲系で輪郭のしっかりとした明快な性格であることはすでに述べたが、その傾向からこの第7変奏曲を速いテンポのジーグと規定したのは当然とも言える。
が、しかしジークと正反対のシチリアーナで演奏している代表的な例が、名盤の誉高いグレン•グールドの第2回目の1981年の録音だ。このレコードの国内版(CBS•ソニー28AC1608)が発売されたのは1982年、グールドが急死したちょうどその直後で、奇しくも追悼版となった。
このレコードの解説は諸井誠氏で1955年の録音と比較対照しながら細かくその演奏の特徴を書いている。該当箇所を抜粋してみよう。(注:諸井誠はシチリアーナをシシリアーノと記している。)
「第3郡で最も特徴的なのは、冒頭の第7変奏である。8/6拍子のシシリアーノ(又はフォルラーナ)で、特に前半に集中して附される装飾音が面白い。新録は、旧録より18%ほど遅く〜(以下略)」とある。
ここで言うフォルラーナとはイタリアで生まれた速い踊り。前回紹介したワンダ•ランドフスカは、その著書p252でこの第7変奏曲を、「イタリアフォルナーラの飛び跳ねおどる生気をもっている」と書いている。諸井氏はここから引用したのかもしれないが、バッハが心配した通り、速いジークとゆっくりとしたシチリアーナの両方の解釈が可能なことを示唆している。なお、バッハは管弦楽組曲第一番の中でフォルナーラを取り入れている。
バッハの修正が適用された新バッハ全集の発刊が1977年。その修正はこの録音にも、日本版レコード発行の際にも明らかに反映されなかった。
ただし、グールドの演奏が仮にバッハの意図に反していたとしても、この第7変奏曲をこれほど魅力的に演奏している例はピアノでは他にない。ただ、この第7変奏曲、ジーグであっても32分音符が聴こえるように弾くには、さほど速いテンポで演奏する必要もないので、シチリアーナとどれほどテンポの違いがあるかは、微妙なところだろう。
この第7変奏曲にはそのほかに幾つか問題があって、一つはスラーの位置。
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【譜例2】スラー前半と後半の位置に注目 |
この違いも、チェンバロや弦管楽器で演奏する場合、大きな表現の違いが生じる。バッハはこれを修正していない。
この僅かなスラーの位置の違いを、シュミート版以外のテキストでは
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【譜例3】新バッハ全集版 |
しかしながら、アンナー•ビルスマが「バッハ•古楽•チェロ〜アンナー•ビルスマは語る(ARTES、渡邉順生著2016年)」の中で、「バッハの(無伴奏チェロ組曲)では、基本パターンとなるスラーを1、2回書いて、以下同じような箇所は同様に(エトセトラで)やってほしいと、演奏者に委ねるようなことはまずないんだ。同音型であっても、バッハは必ず異なるスラーを施すからだ。(p136)」と指摘している通り、バッハは同じ音型でも違うアーティキュレーションを用いて、より豊かなニュアンスを作品に与えた、と考えるのが正しいようだ。シュミート版に従うほうが正解ではないだろうか。
もう一点は装飾音。最後の32小節目の最初に嬰へ(f♯)の装飾音が新バッハとウィーン原典版だけにあり、ほかの版には無い。(譜例2と3の末尾に注目)この理由についてウィーン原典版には何も記載がない。
おそらく、前半最後の第16小節頭に嬰ハ(c♯)の装飾音が付いているので、それに準拠したものと思われる。そう、これもバッハあるいは彫版者がつけ忘れたものとして校訂者が「補足」したものだ。注釈がないのも、この措置は当然だ、という前提があるからだろう。
このように、オリジナルには無いが楽譜校訂者が、バッハがつけ忘れたとして、追加した例が今後も数多く出てくる。もちろん、オリジナルがいつも正しいとは限らないが、少なくともバッハ自身が修正をした印刷譜が残っているので、こちらを重要視する方が賢明だろう。なお、この第7変奏曲は一段あるいは2段鍵盤で、との指示がある。
シュミート版では末尾にフェルマータは無い。
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